大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)2734号 判決 1972年3月27日
原告 東洋棉花株式会社
右代表者代表取締役 香川英史
右訴訟代理人弁護士 吉長正好
同 鈴木吉五郎
同 松浦武
右松浦武訴訟復代理人弁護士 武藤知之
同 谷正道
被告 小川慶彦
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 山根蔵
右訴訟復代理人弁護士 横田長次郎
被告 福井商事株式会社
右代表者代表取締役 福井庄次郎
右訴訟代理人弁護士 福田長次郎
主文
被告小川慶彦は原告に対し金一、六四二万三、四〇〇円およびこれに対する昭和四〇年七月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被告渋川滋は原告に対し金一、六四二万三、四〇〇円およびこれに対する昭和四〇年八月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被告福井商事株式会社は原告に対し金一、一四九万六、三八〇円およびこれに対する昭和四〇年七月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告福井商事株式会社に対する
その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告小川慶彦との間においては、原告に生じた費用の三分の一を被告小川慶彦の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告渋川滋との間においては、原告に生じた費用の三分の一を被告渋川滋の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告福井商事株式会社との間においては、原告に生じた費用の三〇分の七を被告福井商事株式会社の、被告福井商事株式会社に生じた費用の一〇分の三を原告の各負担として、その余は各自の負担とする。
この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
「被告らは原告に対し各自金一、六四二万三、四〇〇円およびこれに対する被告小川慶彦、同福井商事株式会社については昭和四〇年七月一〇日から、被告渋川滋については昭和四〇年八月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言
二、被告全員
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二、当事者の主張
一、原告の請求の原因
1 日本スチール工産株式会社(以下「スチール工産」という)は原告会社とスチール家具等の売買取引を行っていたが、右スチール工産社長の被告小川および同社専務取締役の被告渋川は共謀のうえ、商品を出荷しないのに出荷したように原告会社担当社員を誤信させて売買代金名下に原告会社より約束手形を騙取しようと企て、昭和三八年一一月中旬頃清水与市(東新自動車工業株式会社から原告会社に出向中)を通じて、原告会社担当係員高雄寛、同担当課長池田清に対し、「スチール工産製造のスチール製椅子等を被告福井商事に売却したいのだが、同社は支払が遅いのに比し、原告会社から手形を受け取ると取引銀行が枠外割引もするので、いったん原告会社が製品を買い上げたうえ被告福井商事に転売する形の取引をして貰いたい。そして製品はスチール工産から直接被告福井商事に出荷することとし、スチール工産が被告福井商事から受け取った物品受領書と引換に、原告会社においてスチール工産に代金を支払って欲しい。」と申し入れて、これを承諾させた。
2 そして被告渋川は、昭和三八年一一月一八日頃前記清水を通じて原告会社担当係員高雄に対し、被告福井商事と取引が出来るからと言って、あらかじめ原告会社から同社所定の納品書用紙および物品受領書用紙の交付を受けたうえ、同月二〇日頃被告福井商事課長の久世勝久に依頼して、被告福井商事が製品を受領していないのに、同人に右受領書用紙に被告福井商事のゴム印および同人の認印を押捺してもらい、同月二一日頃清水与一を通じて原告会社に対し、右被告福井商事の物品受領書およびスチール工産の原告会社宛納品書を提出した。このため原告会社担当係員、同課長等は右納品書および物品受領書記載のとおり事務用回転椅子二、六三〇脚につき、スチール工産から原告会社に対し代金計四八九万一、八〇〇円で、原告会社から被告福井商事に対し代金計四九九万七、〇〇〇円でそれぞれ売買が成立し、かつ右回転椅子が真実スチール工産から被告福井商事に引き渡されたものと誤信し、その結果原告会社は、昭和三八年一一月二五日頃右椅子代金として別紙約束手形一覧表(一)記載の約束手形額面合計四八九万一、八〇〇円をスチール工産に交付し右手形金をそれぞれの満期に支払ったので、右同額の損害を蒙った。
3 被告渋川は、昭和三八年一一月二二日頃前同様原告会社から同社所定の納品書用紙および物品受領書用紙の交付を受けたうえ、同日頃被告福井商事の久世課長に依頼して、被告福井商事が製品を受領していないのに、同人に右受領書用紙に被告福井商事のゴム印および同人の認印を押捺してもらい、同月二五日頃清水与一を通じ原告会社に対し、右被告福井商事の物品受領書およびスチール工産の原告会社宛納品書を提出した。このため原告会社担当係員、同課長等は右納品書および物品受領書記載のとおり事務用回転椅子一、六一〇脚につき、スチール工産から原告会社に対し代金計二九九万四、六〇〇円で、原告会社から被告福井商事に対し代金計三〇五万九、〇〇〇円でそれぞれ売買が成立し、かつ右回転椅子が真実スチール工産から被告福井商事に引き渡されたものと誤信し、その結果原告会社は、昭和三八年一一月二八日頃右椅子代金として別紙約束手形一覧表(二)記載の約束手形額面合計二九九万四、六〇〇円をスチール工産に交付し右手形金をそれぞれの満期に支払ったので、右同額の損害を蒙った。
4 被告渋川は、昭和三八年一二月一八日頃前同様原告会社から同社所定の納品書用紙および物品受領書用紙の交付を受けたうえ、同日頃被告福井商事の久世課長に依頼して、被告福井商事が製品を受領していないのに、同人に右受領書用紙に被告福井商事のゴム印および同人の認印を押捺してもらい、同月一九日頃清水与一を通じ原告会社に対し、右福井商事の物品受領書およびスチール工産の原告会社宛納品書を提出した。このため原告会社担当係員、同課長等は右納品書および物品受領書記載のとおり事務用回転椅子三、七五〇脚につき、スチール工産から原告会社に対し代金計八五三万七、〇〇〇円で、原告会社から被告福井商事に対し代金八七一万五、〇〇〇円でそれぞれ売買が成立し、かつ右回転椅子が真実スチール工産から被告福井商事に引き渡されたものと誤信し、その結果原告会社は、昭和三八年一二月二三日頃右椅子代金として別紙約束手形一覧表(三)記載の約束手形額面合計八五三万七、〇〇〇円をスチール工産に交付し、右手形金をそれぞれの満期に支払ったので、右同額の損害を蒙った。
5 右のとおり原告会社は被告小川、同渋川の共謀による詐欺行為により別紙約束手形一覧表(一)ないし(三)記載の約束手形額面合計一、六四二万三、四〇〇円を詐取され、右手形金を支払うことにより右同額の損害を蒙ったものであるが、被告福井商事の久世課長も、同社が製品を受領していないのに原告会社宛物品受領書を作成してこれを被告渋川に交付したことによって、被告小川、同渋川の本件詐欺行為に加功したのであるから、少なくとも過失により右両名と共同不法行為を行ったものとしてその責任は免れない。しかして、同課長は物品受領書を作成する権限を有しているから、右行為は被告福井商事の事業の執行としてなされたものといえる。したがって被告福井商事は同課長の使用者として、原告会社の蒙った損害を賠償する責任がある。
6 よって、原告会社は被告ら各自に対し不法行為に基づく損害の賠償として、一、六四二万三、四〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日(被告小川、同福井商事については昭和四〇年七月一〇日、被告渋川については同年八月一日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告らの認否
(被告福井商事)
1 請求原因第1項の事実中、スチール工産が原告会社とスチール家具等の売買取引を行っていたこと、被告小川が右スチール工産の社長で、被告渋川が同社の専務取締役であることは認め、その余は知らない。
2 同第2ないし第4項の事実中、被告渋川が原告会社から同社所定の納品書用紙と物品受領書用紙の交付を受けたこと、久世課長が被告渋川の依頼を受けて、製品を受領していないのに原告会社の受領書用紙に被告福井商事のゴム印および同課長の認印を押捺し、これを被告渋川に交付したこと(ただし、請求原因第4項記載の受領書の交付は同第3項記載の受領書の交付と同日の昭和三八年一一月二二日頃である)、原告会社が右受領書を受け取りこれに基づきスチール工産に別紙約束手形一覧表(一)ないし(三)記載の約束手形を交付したことは認め、その余は否認する。
3 同第5項の事実は否認する。
(被告小川、同渋川)
1 請求原因第1項の事実中、スチール工産が原告会社とスチール家具等の売買取引を行っていたこと、被告小川が右スチール工産の社長で、被告渋川が同社の専務取締役であることは認め、その余は否認する。
2 同第2ないし第4項の事実中、被告渋川が原告会社から同社所定の納品書用紙と物品受領書用紙の交付を受けたこと、久世課長が被告渋川の依頼を受けて、製品を受領していないのに原告会社の受領書用紙に被告福井商事のゴム印および同課長の認印を押捺し、これを被告渋川に交付したこと、原告会社が右受領書を受け取りこれに基づいてスチール工産に別紙約束手形一覧表(一)ないし(三)記載の約束手形を交付したことは認め、その余は否認する。
三、被告らの主張および抗弁
(被告福井商事)
1 原告会社がスチール工産に交付した別紙約束手形一覧表(一)ないし(三)記載の約束手形は、同社に対する融通手形にほかならない。すなわち、原告会社はスチール工産から依頼を受けて同社に資金援助をすることになったが、約束手形を融通手形の形で交付することは差し障りがあるので、スチール工産が原告会社に製品を売り、原告会社においてこれを被告福井商事に転売するという架空の取引による代金支払の形態をとることとし、被告小川、同渋川がかねて取引のある被告福井商事に赴き、事情を知らない久世課長に、「今回スチール工産が得意先の原告会社から融資を受けることになった。ついてはスチール工産が被告福井商事と取引のあることの証明にするため、原告会社の物品受領書に記名捺印してくれないか。被告福井商事には決して迷惑をかけない。」と懇請して、白紙の原告会社物品受領書用紙に被告福井商事のゴム印と同課長の認印を押捺して貰い、これをスチール工産の原告会社宛納品書と合わせて原告会社に提出し、原告会社においては、右受領書に品目、数量、金額等を記入して体裁を整えたうえ、スチール工産に前記手形を交付し、資金の援助をした。そして原告会社はその見返りにスチール工産から同社振出の額面四九九万七、〇〇〇円、三〇五万九、〇〇〇円および八七一万五、〇〇〇円の三通の約束手形を受け取ったのである。
2 被告福井商事において物品受領書を発行する権限を有するのは商品検収課長であるところ、久世は仕入課長であったから、同人が本件物品受領書に被告福井商事のゴム印等を押捺してこれを被告渋川に渡した行為は明らかに権限を逸脱している。したがって右行為は被告福井商事の事業の執行につきなされたものではない。
3 通常業者間で商品の製造販売の取引をするに当っては、受領書のほか、注文書、注文請書、入品伝票、請求明細書等を授受したうえで代金決済をするものであるところ、原告会社は受領書と納品書の交付しか受けなかったのであるから、安易に取引がなされたものと信用することなく、被告福井商事に電話で問い合わせるなどわずかの注意をすれば、久世課長の行為が職務権限を超えたものであることを容易に知り得たはずである。しかるにこれを怠り、漫然久世の行為を職務権限内の行為と信じた原告会社には、一般人に要求される注意義務に著しく違反した重大な過失があり、したがってこの場合原告会社が損害を請求することは許されない。
(被告小川、同渋川)
スチール工産は取引先の不二電装株式会社の倒産したあおりで資金繰りが困難となったため、原告会社に融資を懇請した結果、これが容れられることとなったが、その際原告会社から、スチール工産が被告福井商事と取引をしているなら原告会社所定の物品受領書用紙に被告福井商事の受領印を貰ってくるよう要求されたので、被告福井商事の久世課長に依頼して、受領書に受領印を押捺してもらい、これを原告会社に持参して、本件約束手形の交付を受け、なお担保としてスチール工産振出にかかる約束手形額面四九九万七、〇〇〇円、三〇五万九、〇〇〇円および八七一万五、〇〇〇円の三通を原告会社に渡したのである。右の次第であって、被告小川、同渋川は何ら原告会社を欺罔していない。
四、原告の認否
被告らの主張および抗弁事実はすべて否認する。なお本件当時被告福井商事において受領書を発行するのは仕入課検収係であったから、仕入課長である久世の本件行為がその職務権限内に属するものであることは明らかである。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、被告小川がスチール工産社長、被告渋川が同社専務取締役であること、スチール工産が原告会社とスチール家具等の売買取引を行っていたこと、被告渋川が原告会社から納品書用紙と物品受領書用紙の交付を受けたこと、被告福井商事の久世課長が被告渋川の依頼を受けて、製品を受領していないのに原告会社の右受領書用紙に被告福井商事のゴム印および同課長の認印を押捺してこれを被告渋川に交付したこと、原告会社が昭和三八年一一月二一日頃、同月二五日頃および同年一二月一九日頃に右受領書を受け取り、これに基づいて同年一一月二五日頃、同月二八日頃および同年一二月二三日頃の三回にわたってスチール工産に対し別紙約束手形一覧表(一)ないし(三)記載の約束手形を交付したことは全当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。
スチール工産はスチール家具等の製造販売を業としていたが、その大口取引先である不二電装株式会社が昭和三八年一〇月二八日頃倒産したため、約一、〇〇〇万円の焦付債権を出し、資金繰りが困難になった。そこで被告小川、同渋川は相談のうえ、資金繰りをまかなうため原告会社から手形を騙取しようと計画した。すなわちスチール工産は被告福井商事とスチール家具等の売買取引をしていたのであるが、この取引に原告会社を介入させ、製品は従来通りスチール工産から直接被告福井商事に引き渡すが、取引の形態を、原告会社がスチール工産から製品を買い上げてこれを被告福井商事に転売する形式をとるいわゆるつけ商売にしたうえ、被告福井商事に製品を引き渡さないのにこれが行われたように原告会社を欺罔して、原告会社から売買代金名下に手形を騙取しようというものであった。当時原告会社物資部資材課には、かつて被告小川、同渋川が日本スチール家具工業株式会社で働いていた頃の同僚で、原告会社の子会社東新自動車工業株式会社鋼製家具部長の清水与市が同社から出向して勤務していたので、被告小川、同渋川は昭和三八年一一月頃清水に会って、前記つけ商売の話を持ちかけ、同人から原告会社物資部資材課係員高雄寛、同課長池田清に伝えてもらった。原告会社としてはつけ商売によって人手を労することなく口銭を得ることが出来るところから、池田課長は何ら調査することなく右つけ商売に承諾を与え、なお担保を設定するため、スチール工産から同社所有名義の不動産権利書、印鑑証明、委任状等を受け取った。もっとも右の不動産には既に先順位抵当権が設定されていて担保価値がないので、その権利書はその後返還された。被告渋川は昭和三八年一一月一八日被告福井商事と取引が出来るからといって前記のとおり原告会社から同社所定の納品書用紙と受領書用紙各一通を受け取ったうえ、同月二〇日頃被告福井商事営業所に赴き、同社仕入課長の久世勝久に対して、「スチール工産が原告会社から融資を受けることになったが、ついてはスチール工産が被告福井商事と取引をしていることの証明に使いたいので、受領書に押印して欲しい。」と頼み、原告会社から受け取った前記受領書用紙を呈示して、被告渋川の言を信用した久世課長から前記のとおり被告福井商事のゴム印および同課長の認印を押捺してもらった。その際同課長を安心させるため、その要求により、右押印については一切被告福井商事に迷惑をかけず、問題が起きた場合はスチール工産納入の物品代金等をもって解決されても異議はない旨の誓約書を差し入れておいた。そして被告渋川は、製品を引き渡していないのに、昭和三八年一一月二一日頃事務用回転椅子二、六三〇脚を納品した旨のメモ書とともに、スチール工産の納品書用紙と前記受領書を清水に提出した。清水は、つけ商売においては納品書や受領書等が白地の場合もあることから、これに疑いをもたず、同人において、受け取ったメモ書に基づいて右納品書用紙に品名、数量、金額等を記入してスチール工産の原告会社に対する納品書を作成したうえ、右納品書と前記受領書を高尾に渡した。そしてこれを信用した同人が右受領書の白地部分に品名、数量、出荷月日等を書き入れた後、支払のための社内手続をした結果、原告会社財務部から右椅子代金として前記のとおり昭和三八年一一月二五日頃別紙約束手形一覧表(一)記載の約束手形額面合計四八九万一、八〇〇円がスチール工産に交付され、右手形はいずれも支払期日に決済された。ついで、被告渋川は昭和三八年一一月二二日頃前同様に原告会社から同社所定の納品書用紙と物品受領書用紙各二通の交付を受けたうえ、同日頃被告福井商事の久世課長に前同様右各受領書用紙に被告福井商事のゴム印および同課長の認印を押捺してもらったのち、製品を引き渡していないのに、事務用回転椅子一、六一〇脚を納品した旨のスチール工産の原告会社に対する納品書を作成し、これを右受領書二通のうちの一通とともに清水を通じて高雄に渡し、これを信用した同人において右受領書の白地部分を右納品書に基づいて記入したのち、支払のための社内手続をした結果、原告会社財務部から右椅子代金として前記のとおり昭和三八年一一月二八日頃別紙約束手形一覧表(二)記載の約束手形額面合計二九九万四、六〇〇円がスチール工産に交付され、右手形はいずれも支払期日に決済された。さらに、被告渋川は昭和三八年一二月一八日頃前同様製品を引き渡していないのに、事務用回転椅子三、七五〇脚を納品した旨のメモ書とともにスチール工産の納品書用紙と前記受領書の残りの一通を清水に提出し、これを信用した同人において右メモ書に基づき納品書用紙の白地部分に品名、数量、金額等を記入してスチール工産の原告会社に対する納品書を作成したうえ、右納品書と受領書を高雄に渡した。そしてこれを信用した高雄が右受領書の白地部分を右納品書に基づいて記入したのち、支払のための社内手続をした結果、原告会社財務部から右椅子代金として前記のとおり昭和三八年一二月二三日頃別紙約束手形一覧表(三)記載の約束手形額面合計八五三万七、〇〇〇円がスチール工産に交付され、右手形はいずれも支払期日に決済された。
≪証拠判断省略≫
もっとも、≪証拠省略≫によると、スチール工産が原告会社宛に額面合計一、六七七万一、〇〇〇円の約束手形三通を振出していることが認められ、右事実からすれば別紙約束手形一覧表(一)ないし(三)の約束手形が被告ら主張のように融通手形ではないかとの疑がないではないが、≪証拠省略≫によれば、清水は、前記のとおりスチール工産の便宜をはかったことにより原告会社に損害を与えることのないように慮り、独断で被告渋川に要求して昭和三八年一二月二〇日頃と二四日頃に右スチール工産振出、原告会社宛の額面合計一、六七七万一、〇〇〇円の約束手形三通を受け取ったものであって、右手形はいずれも不渡となったことが認められるから、右被告らの主張は理由がなく、他に前記認定を動かすに足る証拠はない。
そうすると、被告小川、同渋川は共謀のうえ原告会社を欺罔して原告会社振出の約束手形一六通(額面合計一、六四二万三、四〇〇円)を騙取し、右手形が支払われたことにより原告会社に右同額の損害を与えたものとして、不法行為責任を免れない。
三、つぎに被告福井商事の責任の有無について検討する。
被告福井商事の仕入課長である久世は、前記認定のとおり、被告渋川に懇請されるまま結局受領書三通に被告福井商事のゴム印および久世自身の認印を押捺したのであるが、受領書は物品授受を証明するものであって、物品授受がなされていないのに受領書に受領印を押捺してこれを交付すれば悪用される虞れのあることは容易に予測できるところであるから、このように物品の授受がなされていないのに受領書に受領印を押してこれを交付する以上は、スチール工産が右受領書を約束どおりに使用するものかあらかじめ原告会社に問い合わせるなど調査確認して、不当な目的に利用されることのないよう注意すべきであるのに、これを怠り、漫然被告渋川の言葉を信用して前記行為に及んだのであるから、少くとも過失により被告小川、同渋川の不法行為に加功したものといわなければならない。
≪証拠省略≫によると、被告福井商事においては、もともと仕入課のなかに検収係が置かれ、同係にいて物品を検収してその受領書を発行する等の事務を担当していたが、組織の拡大に伴い、昭和三六年六月一日の機構改革により、商品管理課を新設し、その中に検収係を置いて右事務を所管させることになったことが認められる。
してみると久世が本件受領印を押捺した行為は、その当時においては厳密にはその職務権限外のものとなっていたといわざるを得ないけれども、右認定のように約二年前までは仕入課の所管に属していたものであり、しかも一般に会社内部の職制の詳細を知らない第三者にとって、仕入商品の受領が仕入課長の職務権限に含まれると考えるのもやむを得ないというべきであるから、久世の右行為は外形上被告福井商事の事業の執行につきなされたものということができる。
もっとも被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでないことを重大な過失により知らなかったときには、被害者は使用者に対して損害の賠償を請求することができないと解すべきことは、被告福井商事の主張するとおりであるが、受領書の受領印は当該権限のある者が押捺するのが建前であるところ、本件受領書には久世の権限を疑わしめるものは認められないのであるから、原告がこれを確認しなかったため受領印の押捺が職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったからといって、重大な過失があったということはできず、他に被告福井商事の右主張を認めるに足る証拠はない。
したがって、被告福井商事は被用者の久世が過失により加功した前記不法行為につき使用者責任を負わなければならない。
四、そこで、以下、原告に過失相殺の対象となるべき過失が存したか否かにつき考える。
≪証拠省略≫によると、つけ商売は、前記のとおり、すでに成立した売買契約の売主と買主との間に、主に売主の要請で一流商社が介入し、商品は当初の売買契約どおり売主から直接買主に引き渡すか、取引の形態としては、商社が売主から売買の目的となった商品をいったん買い上げてこれを買主に転売する形式をとるものであって、これにより売主としては買主の手形よりも支払期日が早くしかも割引を受けやすい一流商社の手形を取得して資金繰りの便宜を得、他方商社としては労せずして口銭を得る等の利益をうけることになることが認められる。したがって、商社はこれまで全く取引の交渉すらしたことのない買主に代金を請求する場合が生ずるのであるが、その前提となる商品の授受を直接には確認しえないわけであるから、売主から十分な担保を取っておらず、しかも物品受領書が白地である場合などには、欺罔されて売主に対し手形を振出交付してしまったものの、商品の引渡がなされていないため買主から支払を拒まれ、損害を受けるということも十分考えられるところである。それゆえ、右のような場合つけ商売に介入した商社としては、手形を振出交付するにあたって、少くとも当該商品が現実に引き渡されたかどうかにつき、買主に対し直接確認を求めるべき注意義務があるといわざるを得ない。しかるに、≪証拠省略≫によれば、原告会社はスチール工産から手形のほか担保を取っておらず、受け取った受領書が白地であったにもかかわらず、当該商品の引渡を受けたかどうかにつき直接被告福井商事に対し確認を求める等の措置を全くとらなかったことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はないので、原告には前記確認義務を怠った過失があったものということができる。
右のとおり原告会社にも過失が存するというべきところ、前認定のように、久世は原告会社宛の白地受領書を被告渋川に交付することにより、後日被告福井商事と原告会社との間に何らかの問題が起きることを予想し、その故にこそ前記の誓約書を徴していたのであるから、久世の前記過失は、かなり重大なものというべく、その他諸般の事情を考慮して、被告福井商事に対する関係で損害額の三割を過失相殺するのを相当と認める。
五、以上の次第であるから、原告に対し、被告小川は金一、六四二万三、四〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上顕著な昭和四〇年七月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告渋川は金一、六四二万三、四〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上顕著な昭和四〇年八月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告福井商事は原告会社が蒙った右損害の七割にあたる一、一四九万六、三八〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上顕著な昭和四〇年七月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、したがって、原告の被告小川、同渋川に対する請求は全部正当として認容し、被告小川商事に対する請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 山崎末記 山田利夫)
<以下省略>